ビール醸造業 醗酵工学における酵素分析の応用

醗酵工学における酵素分析の応用

酸素および有機酸・グルセロール成分の分析

ビール製造において多くの化学物質あるいは酵素活性の測定に酵素分析の応用は発酵過程のコントロールや
ビールの品質を一定に保つのに役立ちます。
特に麦芽やビール中の有機酸やアデノシンーリン酸(AMP,ADP,ATP)等は代謝産物あるいは代謝調整物であるため、
特異的に作用する酵素の使用により正確に測定されることが出来ます。

1930年当時では80程度しか知られていませんが、現在では1500もの酵素が報告されており、
いくつかは純粋に精製され、市販されております。

Piendl.Aは特にビール製造において種々の化合物および酵素活性を測定しました。
多くの酵素分析ではNAD(P)⇔NAD(P)Hの系を利用して340nm吸光度の変化を定量することにより測定しており、
この系に無関係な酵素反応もNAD(P)NAD⇔(P)Hを含む脱水素反応系とカップリングすることにより定量しています。
(図I、表I)

脱水素反応系とカップリング

ビール中の有機酸やグリセロールの酵素分析の再現性は表IIに示します。
また、麦芽やビールの種類により有機酸の組成が異なります。(表III)。

ビール中のクエン酸やD-グルコン酸は麦芽や大麦由来であり、L-リンゴ酸や乳酸は主に細菌の影響によるものです。
また、ピルビン酸、酢酸、グリセロールは酵母醗酵の代謝産物です。
従って大麦の種類および酵母株によりビール製品の組成が多少異なります。
表IVにUSビールの測定結果を報告しています。

表I 酵素法による測定原理(有機酸とグリセロール)

Pyruvate+NADH+H+ LDH L-Lactate+NAD+
←→
D-Lactate+NAD+ D-LDH Pyruvate+NADH+H+
←→
L-Lactate+NAD+ L-LDH Pyruvate+NADH+H+
←→
Citrate CL Oxaloacerate+acetate
←→
Oxaloacerate+NADH+H+ MDH L-Malate+NAD+
←→
Pyruvate+NADH+H+ LDH L-Lactate+NAD+
←→
L-Malate+NAD+ MDH Oxaloacerate+NADH+H+
←→
D-Gluconate+ATP Gluk Gluconate-6-P+ADP
←→
Gluconate-6-P+NADP+ 6-PGDH Ribulose-5-P+NADPH+H++CO2
←→
Glycerol+ATP GK Glycerol-1-P+ADP
←→
ADP+phosphoenol-pyruvate PK ATP+pyruvate
←→
Pyruvate+NADH+H+ LDH L-Lactate+NAD+
←→
Acetate+ATP AK Acetylphosphate+ADP
←→
Acetylphosphate+hydroxylamine pH7 Acetohydroxylamic acid+H3PO4
←→
AK=Acetate kinase;
ADP,ATP=adenosine nucleotides;
CL=citrate lyase;
GK=glycerol kinase;
Gluk=gluconate kinase;
LDH=lactate dehydrogenase;
D-LDH=D-Lactate dehydrogenase;
L-LDH=L-lactate dehyorogenase;
MDH=malate dehydrogenase;
NAD, NADH+H+=nicotin amide adenine dinucleotides;
NADP, NADpH+H+=nicotin amide adenine dinucleotide phosphates;
6-PGDH=6-phosphogluconate-dehydrogenase;
PK=pyruvate kinase.

表II ビール中の有機酸とグリセロールの酵素分析の再現性

有機酸 平均濃度
mg./L(*)
標準
偏差
標準偏差
(%)
Pyruvate 64.1 0.8 1.2
D-Lactate 44.3 1.2 2.7
L-Lactate 41.3 1.4 3.3
Citrate 174.8 2.9 1.7
L-Malate 105.9 2.1 2.0
D-Gluconate 39.4 1.0 2.5
Acetate 87.2 4.3 4.9
Glycerol 1724.6 15.2 0.9
(*)10回測定の平均値

表III 麦芽やビールの種類による有機酸の組成

  醗酵度
(%)
クエン酸
mg/100g
L-リンゴ酸
mg/100g
グルコン酸
mg/100g
Olli 70.2 192 47 43
Montcelm 69.6 202 41 33
Betzes 65.5 193 40 26

表IV USビールの有機酸及びグリセロールの組成(mg/l)

醸造所 ピルビン酸 D-リンゴ酸 L-リンゴ酸 クエン酸 L-乳酸 D-グルコン酸 酢酸 グリセロール
1 89 52 7 180 93 43 77 1597
2 67 66 9 127 68 33 68 1500
3 74 62 32 158 71 29 106 1397
4 56 30 29 156 90 34 108 1382
5 62 60 29 187 80 34 86 1474
6 79 73 20 173 85 29 28 1687
7 53 60 8 124 68 33 63 1464

また、穀粒中のエタノール濃度は大麦の浸漬(barley steeping)中に増加し、最大に達しますが
発芽3日目迄に減少します。(図II)

また、熟成過程及び発芽過程におけるいくつかの酵素活性を次の図Ⅲ、Ⅳに示します。

図II エタノールの産出

エタノールの産出

図III 熟成過程の酵素活性

熟成過程の酵素活性1
酵素活性 (U/g dry wt.)

熟成過程の酵素活性2
酵素活性 (U/g dry wt.) 

熟成過程の酵素活性3
酵素活性 (U/g dry wt.)

浸漬中のアミラーゼ、ホスフォフルクトキナーゼ(PFK)、MDH及びG6P-DHは多少減少しますが、
続く発芽処理の段階で上昇します。

図IV 発芽過程の酵素活性

発芽過程の酵素活性1

発芽過程の酵素活性2

発芽過程の酵素活性3

麦芽あるいは麦汁の90%以上が炭水化物から成っており、澱粉を分解して可溶性の炭水化物を生成します。
これらは図Vの酵素の作用によるものです。

ヘキソースはマルターゼ、(α-グルコシダーゼ)、β-アミラーゼ、α-アミラーゼ、リミット デキストリナーゼ、
インベルターゼの相互作用で生成させます。
大部分のショ糖は麦芽に存在しています。

マルトースは主にβ-アミラーゼによるものですが、α-アミラーゼやリミット デキストリナーゼの作用も関係しています。
マルトトリオースや低分子デキストリンはα-アミラーゼやリミット デキストリナーゼによるものです。

表V 醗酵糖及びデキストリンと糖分解酵素の関係

醗酵糖及びデキストリンと糖分解酵素の関係

醗酵過程の酵母の酸素について4種を選びその酵素活性を測定し、株の種類、曝気、
麦汁の影響について検討しています。

  ADH・・・・・・・・・・アルコール醗酵の最後の段階に関与
  LDH・・・・・・・・・・解糖の最後段階に関与
  MDH・・・・・・・・・・クエン酸サイクルに関与
  G6PDH・・・・・・・・ペントースリン酸サイクルに関与

表VI 酵母の種類と酵素活性

  Flocculent
Yeast
Non-flocculent
Yeast
Alcohol dehydrogenase(ADH) High Low
Lactate dehydrogenase(LDH) Low High
Malate dehydrogenase(MDH) High Low
6-Phosphogluconate dehydrogenase(G6PDH) High Low

表VII 麦汁の曝気と酵母の酵素活性

  酵素量(mg/liter)
0.2 8.0 17.4
Alcohol dehydrogenase Very high High Low
Lactate dehydrogenase High Low Very high
Malate dehydrogenase Very high High Low
6-Phosphogluconate-dehydrogenase Very high High Low

表VIII 麦汁の濃度と酵母の酵素活性

  原料の比重(wv.%)
12.1 13.7 19.8
Alcohol dehydrogenase Low Low Very high
Lactate dehydrogenase Low High High
Malate dehydrogenase Low Low Very high
6-Phosphogluconate-dehydrogenase Very high High Low

酵素分析による基質や酵素等の測定に加えて、麦芽、麦芽汁、酵母、ビール中の代謝
調整物質の測定があります。ヌクレオシド、一リン酸、二リン酸、三リン酸については下図
に示します。
一リン酸は醗酵中に増加し、二リン酸は三日目に減少し、三リン酸は醗酵2日目に最大
に達し、4日目まで低下するが、最後の段階で急激に上昇します。

図V 醗酵中のヌクレオシド、一リン酸、二リン酸、三リン酸の濃度

醗酵中のヌクレオシド、一リン酸、二リン酸、三リン酸の濃度1

醗酵中のヌクレオシド、一リン酸、二リン酸、三リン酸の濃度2

醗酵中のヌクレオシド、一リン酸、二リン酸、三リン酸の濃度3

これらの反応によるエナジー蓄積はAMP、ADP、ATPの比により算出出来ます。
ホスフォフルクトキナーゼ、ピルビン酸キナーゼ、クエン酸合成酵素等では高エネルギー状態で負に作用します。

一方、アミノ酸、プリン、ピリミジンや補酵素の合成に関与する酵素では高エネルギー状態で正に作用します。
アデノシンリン酸に加え、ニコチンアミドージヌクレオチド、フラビンアデニン・ジヌクレオチド、
コエンザイムAアセチルコエンザイムAあるいは他の代謝産物を酵素分析で測定することができます。
これらの代謝物は代謝の調節やビールの風味を増加するのに重要と考えられています 。

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